プロフィール

朝比奈 幹太(あさひな かんた)

あん摩マッサージ指圧師 ・はり師 ・きゅう師

1968年、神奈川県生まれ。鍼灸マッサージ療院の三代目として、幼少の頃より東洋医学に親しむ。20代のときにカナダ、オランダにて指圧療法を行いながら、海外で様々な手技療法を学ぶ。

 私が施術を始めたのは、実家が鍼灸マッサージ療院をしていたからです。子供の頃は、体に針を刺したり、お灸の煙を見てはなんて野蛮なことをしているんだと思っていましたが、何も疑問にも思わずに高校を卒業した1987年に専門学校に進学していました。

在学中は、実家で見習いをしていましたが、専門学校を卒業と同時にカナダのトロントという街で指圧の学校を営んでいた方の指圧院に就職しました。移民が多いカナダ最大の都市で東洋医学もさかんで、指圧も代替医療として現地の人たちに受け入れられていました。

その期間に現地のカイロプラクティックのオフィスで指圧師として働く経験や中国に中医学と鍼灸を習いに行きました。

 カナダで3年近く過ごして、次に行った国はオランダです。ヨーロッパに住んでみたかったので行きましたが、オランダの冬は昼間あまり太陽が出なく日照時間が短く曇り空で暗くて寒いので最初の冬は慣れるまで大変でした。北ヨーロッパの冬に慣れると暮すのが楽になり、2度の滞在で計5年近く過ごしました。

オランダでも代替医療として指圧は評判がよく、毎日忙しく治療をしていたのですが、自分の体より大きいオランダ人を指圧するのは大変で、腰痛などの治療に指圧だけで効果を上げるのがひと苦労でした。そして、自分の体にもだんだん負担が出てきていました。

中学の時に左の鎖骨を骨折していたのと、高校の時には右の鎖骨を骨折して手術をしないで治したので、骨が曲がったまま治癒していたので疲れると頭が右側に傾く癖がありました。

指圧は、手を使う仕事なので疲れとともにだんだん身体がねじれてしまったようで、片頭痛や首肩の筋肉の凝りや違和感がありました。それまでは、若かったのであまり気にしないようにしていたのですが、体調が悪くなってきたのでいろいろと手技療法や健康法などを研究するようになりました。

その時に、出会ったある治療師の方から頭蓋仙骨治療をして頂き、筋膜のねじれと気の流れを整えてもらいました。その人に勧められて、1995年にクレニオセイクラルセラピーを学びました。

そして、1997年にアメリカにてジョン F.バーンスPT 主催のマイオファーシャルリリース(筋膜リリース)とマイオファーシャル アンワインディングのセミナーを受講して筋膜に対してのアプローチを学び、1998年にはジョン F.シーDCよりタッチフォーヘルス6Daysセミナーにて、キネシオロジーを学びました。

それからもいろいろな治療法を学びましたが、筋膜リリースが自分が受けるのも人に行うのも好きなので、筋膜リリースを主体にした治療院を2004年に墨田区にて開院しました。

* このホームページは以前、勉強した資料を元に上手くはありませんが絵を描くのが好きなので、2005.11月より始めました。